闘病日記

線維筋痛症OTの復職・闘病日記~73日目~<環境変化と振り返り>

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みなさまこんばんは!私はいまだに職場復帰ならず・・・色々な悩みを抱えつつブログを書いています。今回は前回に引き続き、【線維筋痛症】発症前に起こった業務的な出来事を振り返ってみたいと思います。

前職場の経営破綻により5年程勤務した施設を退職し、新しい施設に転職するのですがその施設は以前に比べて利用者様の数が多く、リハビリ職に求められる技術や知識も高い事から、それ程優秀でない私は当初非常に苦労をすることになりました。

しかし、毎日新しい出来事や学びがある為、かつてないほどやりがいを感じていた事も確かです。そんな生活を送る中で、「最近調子が悪いな」と感じ始めたのは転職から半年ほどが経過した頃でした。

初めは『なんとなく疲れが取れないな』と感じる程度でしたが、そこから徐々に眩暈や吐き気が強く現れるようになっていきました。また、体は疲労しているにも拘らず、眠ろうとすると仕事の事が気になったり、耳鳴りが始まり寝付けない事が多くなっていきます。

そのように体調が安定しない中、業務面では電子カルテの導入やリハビリでの在宅復帰強化、施設外での会議などが相次ぎ、残業や休日出勤が増えていきました。この頃から少しずつ精神的な面でも余裕を無くしていったように思います。

そのようにゴタゴタ続きの中で、年末を迎えるのですが休暇中にも職場の人からのお誘いや地域のイベントが多く発生し、断りを入れる事も一苦労でした。

そして年が明けると、前年から進めていた業務に加えて【新規事業】が発足する事になります。

これは、地域から施設側に【依頼】という形で提供されたもので、内容としては地域で連携し【高齢者の健康寿命を延ばす】といったものでしたが、多忙過ぎてスタッフの寿命が縮んでしまいそうな心境になったものです。

施設としては将来的な宣伝効果を狙っており、まるで他人事の様に負荷を掛けてきます。結果、退職する人や体を壊す人も発生し各部署で職員の不足が生じることになりました。

このため、施設内で大規模な部署変更が必要となり、私も半年掛けて流れを組んでいた入所から、デイケアへの移動となりました。この移動は正直受け入れがたいものがありましたが、職場の命令であれば仕方ありませんでした。当然業務は増え続けていきます。

 

 

そして季節が過ぎ雪が積もり始める頃になると、微熱が続き指先や手の甲、足先などに刺すような痛みが走り始めます。初めは風邪か疲労と思っていたのですが、痛みは場所と強さを変えながら続き、熱は40度近くまで上がることもありました。

 

 

 

職場でインフルエンザを疑われ、病院受診する事になったのですが検査結果は陰性でDr.からは「風邪かもしれませんね」との一言のみで解熱剤と風邪薬を処方されただけでした。

 

 

これらの薬を服薬しながら対応するも、痛みは変わらず続いており熱も下がることはありませんでした。そして、施設からセカンドオピニオンを進められるのですが、近隣には他に病院が存在しないという問題がありました。

 

 

結局、高熱と痛みのなか高速道路を使い隣の地域の病院を受診する事になるのですが、ここでもインフルエンザは陰性となり、前の病院と同じような処方が出されるのでした。

 

 

・・・時間の経過と共に、痛みは全身的なモノとなっていきます。仕事に行く為に市販の痛み止めを大量に服薬し、夜になれば酒を飲んで耳鳴りや不眠そして痛みを誤魔化す生活が当たり前のようになっていきます。胃腸も荒れていたのか、毎朝のように嘔吐していました。

 

 

 

体調はどんどん悪化し精神的にも不安定な状態が続いており、職場でも家庭でも常にイライラしていました。痛みも強くなる一方で、市販薬も効果を感じる事が無くなり、酒の量が増加していきます。この頃は1晩でストロングゼロの500㎖缶を3本は飲んでいたと記憶しています。

 

 

 

増えていく仕事と減っていく休日、更に休みの日には病院受診・・・病院も【内科】【脳外科】【神経外科】【耳鼻科】【メンタルクリニック】などを渡り歩くのですが、どの病院でも問題解決の糸口は見えてきませんでした。この時期には精神的に荒廃していくのが自分で分かるのですが感情のコントロールが上手く出来ず、家内や同僚に多大な迷惑を掛けていたと思います。

 

 

「そろそろ限界が近い」と感じ始めた頃、家内がインターネットで【線維筋痛症】という病気を発見しました。記事を読んでみると、私の症状に非常によく似ています。しかも早期に対応すれば、改善も十分に期待出来るとの事でした。この時「もしかしてこれかっ!!」と少し希望が見えたような気がしました。

 

 

 

近隣の地域には、【線維筋痛症】の診断が出来る病院が無かったため、高速道路で2時間近く掛けて専門の病院を受診する事になります。

 

 

 

 

診断の結果は【線維筋痛症】でした。これにより、症状に合わせた生活方法と薬の処方が行われて、痛みは少しだけ軽減する事になりました。

 

 

 

ちなみに病院が自宅から遠い場所で、時間的にも金銭的にも何度も往復する余裕が無かったため、1日で複数の病院を受診してセカンドオピニオンまで済ませることにしました。その結果、その後の職場でのやり取りをスムーズに行う事が出来たので、これは正解だったかなと思います。

 

 

 

【 線維筋痛症 】発症前に起こった業務的イベント

【 在宅復帰強化 】
老人保健施設の在宅復帰率が注目されるようになり、老健リハの算定出来る加算が変更される事となりました。この時期は各施設がどのように業務を行うか非常に混乱しており頻繁に会議や懇親会が行われたのを覚えています。私のいた施設では、事務方とDr.の鶴の一声で在宅復帰の強化を選択する事となりました。


一言で在宅復帰強化と言うものの、それに付随する手続きや条件は非常に多く、月に一度の担当者会議開催、担当職種と本人、家族の参加、書類の書式変更等々・・・


また、法の改訂初期だったこともあり、不明な点も多く、全ての人が手探りで対応を進める事となりました。


この為、通常業務を行いながら情報収集、打ち合わせなどの業務も処理していく必要があり昼食時も話し合いの場として消化される事もままありました。



【 電子カルテ導入 】
最近ではそれ程珍しくない電子カルテですが、私の勤務先では電子化は進んでおらず、全職種が手書きのカルテを使用していました。


これが、在宅復帰強化に伴う書式変更や業務変更に伴い、電子カルテ化される事になりました。これにより、パソコンを使えるスタッフは、システム面のセミナー参加や他職種への指導などが業務に追加されました。


パソコンの操作方法の指導については、若い世代が中心となり高齢のスタッフに伝えていくのですが、まさにPCの電源の入れ方、落とし方からの指導となり・・・教える方も、教わる方も阿鼻叫喚となるのでした。


また、過去に手書きした分のカルテや計画書を電子化する作業が発生し、これもPC操作が出来るスタッフに割り振られた為、無駄に残業が増加する要因となったのです。




【 地域との会議増加 】
在宅復帰の強化を行うにあたり、施設単体では加算に伴う条件を満たすことが出来ないため、他の施設や病院の関係者、ご家族様との会議や事前の打ち合わせが必要になってきます。


しかし、これについても都合の良い日取りが合わない事など問題となり、アポを取るだけでも一苦労でした。


こういった会議や、それに付随する日程調整なども、日々の業務を圧迫する事となっていきました。



【 新規事業の発足 】
地域から施設への委託事業であり、『 高齢者の健康寿命の延長 』を目的としたリハビリ的運動とその場所の提供を行うものでした。


事務方は宣伝効果を狙い、とても意欲的でした。しかし、この事業に参加するには指定された【条件】がありました。


それは、地域が主導して行われる『勉強会』に参加する事でした。この『勉強会』1回や2回ではなく、【 専従のリハビリスタッフ 】が【 毎週2回 】【 3ヵ月間 】一度も休まずに参加する事が必須でした。


普通に考えれば、ギリギリの人数で仕事を行い、既に多くの雑務を抱えている状態でそのような条件は飲めないのですが・・・


結局、リハビリからスタッフを1人1出すことになったのですが、『勉強会』の内容もかなり濃いもので、とても業務の片手間に対応出来るものでは無かったようです。


さらに、【体操】や【場所】【送迎方法】などの細かい内容は、施設に丸投げされており、ここにも人員を割く必要が出てきたのでした。


【 配置転換 】
新規事業の発足により人員不足となり、調整するために大規模な配置転換が行われる事になり、私は担当していた入所からデイケアへの移動となりました。


当然担当する利用者様も1日の動きも全てが変わることになり、非常に困惑しました。また、これまでのカルテやプランの電子カルテ化やスタッフが1人【新規事業】で抜けた為、一部の入所利用者様も引き続き受け持つことになりました。

 

 

・・・当時は、目の前の事に必死で周囲の状況が全く見えていませんでしたけど、まとめてみると、職場内で起こった業務的なイベントだけでも、結構色々とあったんですね(;´・ω・)

 

 

 

これらに加えて、定期的な会議やミーティング、ボランティア活動、デイケアに移動したことで送迎の追加それに・・・パワハラなんかもありましたから”(-“”-)”ソリャコワレルヨネ

 

 

 

体の不調を気にしながら仕事に励んでいる方やそのご家族様・・・そして何より過去の自分に伝えたい・・・

 

 

『その仕事、誰かにお願いしよう!自分ひとりで抱えても何も良い事ないですよ!!』

 

 

私が病気になって思う事は、やはり何事も体が資本であるという事です。多少何かあったとしても、健康であればその後挽回出来て意外と何とかなるものです。だからみなさまお願いします。・・・どうか一人で頑張り過ぎないで下さい。

 

 

 

ではまた!

 

 

ABOUT ME
mofumofupapan
線維筋痛症に苦しむポンコツ業療法士!これまで学んだリハビリの知識と技術を活用し、社会復帰目指して奮闘中!もふもふした動物が大好きで、ハムスターとモルモットを扶養しています。もるもる協会入会済み!!
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